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2007.12.15

中国残留孤児と自転車の意外な接点

残留孤児認定求め 望郷の念つづった手紙届く(神戸新聞)

何か自転車と中国のネタはないかな?と思って色々探しているのですが、上記のようなニュースを見つけました。

中国・黒竜江省に暮らし、日本政府に残留孤児の認定を求めている二人の手紙が、旅行で知り合った神戸市北区の自転車同好会主宰、祇園明敏さん(74)に届いた。終戦時の混乱で家族と別々になり、反日感情の強い地で中国人の養母に育ててもらったという波乱の半生。日本の調査団には孤児と認められないまま還暦を過ぎた。「落葉帰根(落ち葉が根に帰るようにふるさとに帰りたいのです)」。手紙には抑えきれない望郷の念がにじむ。(上田勇紀)

 馬富栄さん=推定(62)=と、姚淑芹さん=同(73)。祇園さんは今夏、自転車旅行で訪ねた黒竜江省牡丹江市で、馬さんの妻と姚さんから話を聞き、心を動かされた。(以下略)

私の知人にも、戦後に満州から引き上げてきた人がおりまして、引き上げ船を待つ間に、中国人の襲撃を受けて殺されそうになったという話を聞いた事がありました。中国人からすれば恨み骨髄なのでしょうが、殺されそうになったという知人氏は当時10歳足らずくらいの小学生で、そういう子供まで殺そうとする“反日感情”には釈然としないものを感じました。

手紙によると、馬さんは終戦直後の混乱の中、牡丹江市七果街で、実母から中国人の養母に託されたという。まだ生後百日ほどだった。

近所で自分のうわさを聞いた十歳の馬さんが、養母に出生について尋ねると、殴られた。うわさが立つたび一家は転居。養母はアイスクリームを売り、馬さんを育てた。養母は一九九七年に亡くなる直前、日本人の子だと明かし「帰っていいよ」と言い残したという。

そういう反面で、残留孤児を育てる中国人もいるわけで、「うわさが立つたびに」子供を守るために引越しを重ねた・・・というのは思い浮かべてみると、その苦労が伝わってくるように思います。

中国&中国人には色々と問題があるのですが、私が不平不満を言いながらも、中国も中国人も捨てきれないでいるのは、そういう彼らの優しさにあるんじゃないかと思います。この逆に、中国人が見ず知らずの日本人に突然子供を託したとしても、たぶん同じように育てたりしないのではないのではないでしょうか。

彼らがそういう優しさで、自転車を乗ってくれたら、もう少し上海の道も安全に走りやすくなるんじゃないかなぁ・・・と思ったりもするわけですが、どうなんでしょうね・・・。

祇園さんは、自転車で牡丹江市を訪れた際に、馬さんの妻と姚さんから話を聞いたそうです。どこから走り始めたのかは書いていないんですけど、すごいですね。いい自転車旅してるなぁ・・・とあこがれたので、こちらに紹介してみました。あんまり自転車に関係ないネタですみません。

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