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2008.04.03

祈りと自転車

時々、心の底から祈りたくなる気持ちになることがある。

頼りたいとか、すがりたいという気持ちではなくて、ただただ純粋に祈りたくなるのだ。

普通、人はそういう時に、教会に行ったり、仏壇に向かったり、天を仰いだりするのだろうけれど、自分は何かの特定の宗教を信仰しているというわけではないので行く場所はない。家の中に仏壇はない。上海の汚い空を見上げてみても、余計に気持ちが塞がるだけだ。

・・・というわけで、僕は祈りたくなると、自転車に乗って走り出す。

それが真夜中であったとしても、雨が降っていたとしても、花粉の季節であったとしても。

2週間ほど前にちょうどそういう気持ちになった。花粉の季節の真っ最中で、外に出ると大変なことになるのだけれど、それでも自分を止めることは出来ない。自転車を長い時間こいでいると、肺の中一杯にスギ花粉を詰め込んで、スギ花粉が血流をたどって全身に行き渡るような気がする。そうなると次の日はもうなにも出来ない。というより、花粉症の症状がピークに達して、大変なことになってしまう。それでも自転車に乗らないわけにはいかない。

そして今晩もまたそういう夜であった。祈りたくなるのはいつも決まって夜である。

なにわ自転車道を走りきって、帰りは赤川鉄橋⇒毛馬水門⇒北大阪自転車周遊道である。

毛馬水門から北大阪自転車周遊道へ下って天満へ抜けるあたりは、ずっと桜が咲いていて、走っていて楽しい。桜のトンネルを抜けていくみたいで、まるであの歌のようである。

走りきって帰ってくると、心がすっきりさっぱりして、すがすがしい気持ちになる。走る前に何を祈りたかったのかさえも忘れ去ってしまう。祈りというのは、それでいいのではないかと思う。自転車よ、今夜もありがとう。

人は何のために「祈る」のか

著者/訳者:村上 和雄 棚次 正和

出版社:祥伝社( 2008-04-22 )

定価:¥ 1,680

Amazon価格:¥ 1,680

単行本 ( 264 ページ )


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