2009.04.03
【小学館】日中辞典
小学館発行の日中辞典である。小学館の中国語辞典については中日辞典の方でほとんど書いてしまった。コンセプトとしては中日辞典の方とほぼ同じである。
今となっては小さな電子辞典一つで中日も日中もこなせるようになってしまったけれど、昔紙の辞典を使うに当たっては、中日と日中は別物であった。だから中日から、日中へ、日中から中日へ移る際には、まるで意識が別の世界へ移動するような感覚があった。青い世界から赤い世界へ。色合い的に私の好みはこちらの日中辞典が好みであった。少しベージュがかったビニールに赤地に星五つ。赤地に星五つ・・・この色彩とデザインにしびれるようになれば、それは中国共産党の洗脳が浸透している証拠である。ああ、恐ろしや。
日中辞典は基本的に自分が言いたい事、書きたい事がある時に使う辞書である。中日辞典はその逆といえよう。だから日中辞典を引くという行為は、中国語で何かを言わんとする(書かんとする)場合に発生するものであって、それは中国語へ能動的に取り組む時である。そういう時にこの辞典の赤色が、脳にかすかな興奮を与え、やる気と集中力を高めるのである。
この日中辞典はすごい辞典であると今でも思う。誰がこんなの引くんだ?という語が多かった。日中辞典を引いて「そういえば『アーティフィッシャル』は中国語で何ていうんだろう?」と調べる人は実際にいるのだろうか。
これが大変役にたった。インターネットがまだ普及していない頃、こういう情報はなかなか得られなかった。
莫邦富氏の「日・中・英 企業・ブランド名辞典 」が発行されるのが2003年。小学館日中辞典は私の持っている第7版で1991年発行なわけだから、莫邦富氏に12年先んじていたのである。(といっても小学館日中辞典の企業・ブランド名はたった3ページしかないが・・・)
私みたいなのが偉そうに書くのは辞めておいた方が良いのかも知れないが、敢えて書くと中国語というのは90年代の半ば以前まで、好事家の学問であって、実利の伴わない、変わり者の、どちらかと言えば文学趣味の外国語だったと思う。「三国志が好きだから」というような理由で始めるような人が多かった。ビジネスのために中国語を学ぼうという人はいなかった。中国語を学んだら就職に有利になる・・・なんてこともなかった。90年代初頭でも「これからは中国の時代」という言葉は少し聞かれたけれど、誰もそんなことを真剣に信じていなかった。少なくとも私の周囲はそうだった。中国人は百年経ってもみんな自転車に乗って(クリティカル・マス的にw)、21世紀以後も蒸気機関車が使われ続けるものだと思っていた(確かにまだ一部では残っているものの)。私の父は私が中国語を学ぶのも、留学するのにも反対で、「あんな遅れた国の言葉を学んで何になるんだ」、「指導者の肖像を掲げたり、彫像を立てたり、スローガンを貼ったり、国民を武力鎮圧する国なんかロクなもんであるわけがない。そんな国の言葉を学んで、一体何になるのか?」と常々言っていた。これは今考えてみてもなかなかの卓見である。あれから20年、結局私がそんな国の言葉を学んで、そこから何を得たのかというと、これまた語り尽くすに難しい話である。
ただ、そういう時代にあっても小学館は「中国語をビジネスに使う」という明確なビジョンを持っていた。この辞典の企画者は多くの日本人が中国と様々なビジネスに関わる時代が来る事を予想していたのであろう。そういうことをちゃんと考えていた小学館の人は優秀である。この辞典を見るたびに、学生時代にもっと身を入れて勉強しておけばよかったと思う。今からでも遅くはないか・・・と慰めつつも、取り返すことの出来ない過ぎ去った時間を日々惜しんでいる。








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