2009.04.30
【大阪渡船大全】船町渡@木津川運河
大正区最短の渡船場
数ある大阪の渡船場の中でも、最も高い精神性に富んだ渡船場はいずれかと問われれば、それは船町渡であると即答せざるを得ない。船町渡は大阪に8箇所ある渡船の中でも燦然と光り輝く孤高の渡しである。
実を言うと渡船場を巡るのはこれが初めてのことではない。小学生の頃から初めて、完全制覇をしたのは高校生の時である。それ以後も渡船に乗る機会があれば進んで乗り、時間に余裕があれば橋よりも渡船を選び、暇があれば散歩がてら渡船を乗り継いできた。上海に住むようになっても、上海の渡船巡りをやっている。残念ながらまだ完全制覇には到っていないが・・・
何故私は渡船に心ひかれるのであろうかと思うのだけれど、その疑問を明確にしてくれるのが船町渡であると思う。大体渡船というものがあるのは町の外れであって、寂しいところと相場が決まっている。(香港のスターフェリーは例外である。あれはビクトリア湾も込みにしてあの両岸で一つの都市機能をつくりあげているのだから・・・)川で区切られた町の外れと外れを結ぶのが渡船である。渡船場を巡る旅は町の辺境を訪ねる旅であって、少し寂れた、人気の無い、でもなんらかの理由があってそこに船を通す必要があった場所なのだ。主に無く副にあり、中になく端にあり、密になく疎にあり、華になく寂にあるのが渡船なのである。
「渡船性」について
見よ、この岸壁間の短さを!手を伸ばせば向こうの船着場に触れそうな気がしてくる。川幅たったの75m。これこそいっそ橋をかけた方が良かったのではないかと思う。その他の船の航行の邪魔にならないようにと渡船にしなければならないのであるけど、ここまで距離が短いと、もう何がなんでも渡船でなければならないのだというこだわりの役人が大阪市か大正区の役所の中にいるのではないかという気がしてくる。「別にこんな短距離の渡船なんかいらないんじゃないだろうか」とか、「たったこれだけのことなら、少し離れたところで渡ってしまえばいいんじゃないだろうか」とか、色々考えてしまう。でも、だからこそこの船町渡には他の渡船の追従を許さない高度の精神性が宿っているのではないかと思うのである。
正直なところ渡船の存在意義というのはその川幅の長さとは関係ないのである。橋を作ると川を航行する船舶の邪魔になるし、船舶の邪魔にならないように高さ をかせぐとその両岸で橋のスロープ部分の面積が広くなりすぎてしまい割に合わない/もしくはそれらのスロープを確保する土地がない/もしくはそれだけの建 設コストを確保するほどに見合わない/無論トンネルを掘るほどのものでもない/それでもその両岸においての人や物の行き来が頻繁であるため、何らかの渡河 手段を用意せざるを得ない・・・という条件が揃った時に「渡船」という選択肢が現れるのである。私はこれらの条件のことを「渡船性」と呼んでいる。7つも の渡船を有する大正区は「渡船性」に恵まれた土地柄(面積が狭く、川が多い)である。大正区には渡船の他にぐるぐる巻きのスロープを持つ橋が二つもある(千本松大橋と新木津川大橋)が、これもまた大正区の持つ「渡船性」のためである。
外資系の自動車工場?
以下書き出してみる。
船町渡船場
船町渡船は、大正区鶴町1丁目と同区船町1丁目を結んでいます(岸壁間75m)。この渡船がある「木津川運河」は大阪港の第1次修築工事(明治30年~昭和3年)による埋立地として「船町」「鶴町」「福町」が造成されたのと合わせて、木津川と尻無川を連絡するため昭和4年に開設されました。
昭和初期には、渡船の北岸の「鶴町」には、市電鶴町車庫や外資系の自動車工場等があり、南岸の「船町」には伊丹空港の前身である木津川飛行場や造船所等がありました。
「福町」って何処なのだろうか・・・今はこの地名は見えないが、どうも鶴町の北部にあったようだ。
かつて大阪は「日本のマンチェスター」とも呼ばれ、その中でも大正区には工場がたくさんあって、日本の工業生産を支える重要な都市であった・・・と中学生の頃の社会科の授業で聞いた事があったが、外資系の自動車工場があって、造船所があって、飛行場があって、市電で大阪の中心部からもここまで来れたとすれば、昔の授業で聞いた話もよく理解できる。でも、そうやって並べてみて想像すると、船町・鶴町あたりは昔の方が今よりもずっと進んでいて華やかだったのではないかと思う。そういう歴史を思い浮かべて、この大正区最短の渡しに乗ると、もっと楽しめるのではないかと思う。
今でもこのあたりには工場が多いので、それらで働く方々のためにこの船町渡があるのだろう。私がこの撮影のために此処を訪れたのは日曜日だったので、私以外の乗客は居なかった。
乗客は私一人だけでも、船員のみなさんは嫌な顔一つ浮かべずに渡船を出してくれた。私一人だけの貸切状態。ものすごい贅沢な気分である。最後船から降りる時に船員に挨拶をして、話しかけてみた。
「大変ありがとうございました・・・ところで、もしお客さんが来なかったら、その場合は欠航になるのでしょうか?」
「いや、対岸にお客さんがいることもありますしね・・・船を出す時に対岸に誰も居なくても、後でやってくることもありますから、お客さんが見えなくても船を出す事にしています」
ああ、なるほど。でもやっぱり往復でお客はゼロ・・・ということもあるんだろうな。そういうところにも船町渡の精神性の深さがあると思う。大正区最短の渡船、されど侮りがたしである。続きは次回の講釈を待たれよ。









[...] 【大阪渡船大全】船町渡@木津川運河 – | 中国自転車生活 [...]
Posted at 2009.09.29 12:48 PM by 船町 | 津々浦々ブログ