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2009.09.05

水越峠付近を調べてみる(祈りの滝、建水分神社、楠公誕生地)

奈良県御所市大字五百家333

この数日、どうしようにも気になって仕方が無い水越峠。グーグルマップを手掛かりに、この付近がどういう場所なのかを調べてみた。


YOUTUBEで水越峠の動画をみつけた。行く前に見えてしまうのはちょっとモッタイナイ気もするが、これで大体の雰囲気はつかめた。ロードレーサーでも充分走れそうである。
1分56秒目あたりで「祈りの滝」というのが出て来る。


解説によれば水が美味しいらしい。こういうところの水を汲んできて珈琲を淹れるのもいいかもしれない。

奈良県御所市大字五百家333
水越峠を奈良側に下ると「水分神社」という文字が見える。峠を越せば汗をいっぱいかくだろうから、このあたりで「水分補給」にはちょうど良いかもしれない・・・それにしても変わった名前だ。一体どういう神社なのだろうか?

建水分神社(ウィキペディア)

建水分神社(たけみくまりじんじゃ)は、大阪府南河内郡千早赤阪村大字水分にある神社である。通称水分神社(すいぶんじんじゃ)。水分大明神、上水分社(うえのすいぶんのやしろ)とも称する。式内社で、旧社格は府社。

古来より金剛山鎮守として、また楠木氏の氏神として崇敬された。

由緒正しい神社である。しかも楠木氏の氏神。またここでわが自転車生活は楠木氏に遭遇してしまった。

元の鎮座地は現在地より北約100mの水越川のほとりにあったが、南北朝時代に兵火にかかり、荒廃した。このため建武元年(1334年)、後醍醐天皇の勅命を受けた楠木正成が、現在地に本殿、拝殿、鐘楼などを再建し遷座した。延元2年(1337年)4月27日、最高位である正一位の神階を授けられた。

なるほど。このようにして自転車生活はまたしても太平記&神皇正統記的世界とまたコミットしてしまうわけなのであった。まさか南河内サイクルラインの向こう側に、こういう世界があるとは思いもしなかった。

こういう由緒正しい場所を、中国製安物ロードレーサーで走るのはいささか不敬な気もするが、これについては何か対応策を考えようと思う。

建水分神社(公式ウェブサイト)
↑公式ウェブサイトがあった。トップページからいきなり菊水の紋である。

そういえば、事の発端であった楠木正成の誕生の地はどこにあるのか?

大阪府南河内郡千早赤阪村大字水分266
・・・あった。赤阪小学校の裏にある千早赤阪村郷土資料館の近くにあるのだそうだ。なんだ、先日既にこの近くまで行っていたのだ。

奈良県御所市大字名柄347竏窒Q
地図上探索はまた奈良側に戻って、建水分神社の更に東側を見ると「葛城酒造」という文字が見える。ちょっと、これは気になる。

葛城酒造(通販サイト)

葛城酒造の創業は明治20年ごろ。大宇陀町にある本家は元禄年間(168~1704)から酒造りをしている老舗。 この地でも酒を造ろうと、明治に入ってから油屋だった今の建物を買い取って始めた。
「百楽門」という銘柄は、とある酒通の男性が名付けたらしい。その酒通氏は、200近い蔵元をめぐりめぐつた末に、「葛城酒造の酒が一番よかった」と感嘆して、名付け親の名乗りを上げたとのこと。

太平記の時代からあったのではないので、大楠公も飲んだというわけではないが・・・

奈良県西部に位置する葛城酒造は、奈良盆地の西の金剛・葛城国定公園の麓にあります。金剛山、葛城山からの地下水がすり鉢状の盆地に向って流れ込んできます。山にしみ込んで濾過された清澄で汚れなき地下水を途中で拾うように汲み出てきます。100メートルも掘ると中硬水の水が出てきます。仕込み水は、すべて自然の恩恵をいただいて酒造りに生かしています。

このように言われてしまうと気になって仕方ない。「祈りの滝」も名水であるということだったので、その麓で汲み上げた地下水もやはり名水なのだろう。

ただし、このようにあれこれ考えてみると、またもや荷物をどのように積載するか?という問題が浮上してくる。ロードレーサーはママチャリのように何でもかんでも載せられるようには出来ていない。ただ走るためだけに作られたストイックな自転車なのである。名水だの地酒だのを載せることは出来ない。かといって、折角そんな遠くまで行って、水一つも持って帰られないというのはあまりにも悲しすぎる。

これについてはまた改めて検討することにしよう。誠に自転車の野望は限りなく尽きないものなのである。

太平記―千早城のまもり (はじめてであう日本の古典)

出版社:小峰書店( 1998-02 )

定価:¥ 1,680

単行本 ( 221 ページ )


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